『海賊』のパ・ド・ドゥ、コーダでの速水渉悟

Shogo Hayami

今勢いのある日本人ダンサー、といえば真っ先に名前の挙がる一人が新国立劇場バレエ団のファースト・ソリスト速水渉悟だろう。男性ダンサーの育成に定評のあるシュツットガルトのジョン・クランコ・スクールへの留学を経て、米国ヒューストン・バレエに入団。その後2018年に新国立劇場バレエ団に移籍してからは、抜群のテクニックと華やかな存在感でファンの注目を集めてきた。


まずは、新国立劇場バレエに入団なさったきっかけを教えてください。

僕は海外に出た時から、ゆくゆくは日本に戻って踊りたいと思っていたんです。お寿司が大好きなのがその大きな理由でもあるんですが(笑)。留学中の2014年には、東京バレエ団のシュツットガルト公演『ザ・カブキ』にスクールの同級生たちとエキストラで出演したこともあって、ご縁を感じたりしていました。ただその後、テレビで放映された『眠れる森の美女』第3幕(NHKバレエの饗宴、2015年)で福岡雄大さん、小野絢子さんを観て感動し、新国立劇場バレエ団に憧れるようになりました。直接的には2017年、ヒューストン一帯を大型ハリケーンが直撃して劇場も浸水し、バレエ団が2週間ほど休みになるという出来事があって、オーディション等の時間が取れたことがきっかけになりました。

その後の活躍ぶりは目覚ましいものでしたね。次々とソリスト役を踊り、2020年にはシーズン開幕演目の『ドン・キホーテ』バジル役で初主演を果たします。

バジルは男性ダンサーなら若い頃だれもが一度は踊りたいと思う役ですよね。それが叶ってとてもうれしかったです。リハーサルではキトリ役の米沢唯さんとじっくり話し合い、演技と、それから特にパ・ド・ドゥの質を高めるよう心掛けました。パ・ド・ドゥで大切なのは信頼関係。それがあってこそもう一歩先へ行ける。そしてリフトも多い振付なので、とにかく床への降ろし方一つにしても、女性を大切に扱うこと。これは僕がどんなバレエでも意識していることなのですが。
本番でも、発見がありました。バジルは街のシーンなどでたくさんの人と関わりますよね。僕、あるいは僕とキトリが踊っているとき、周囲のダンサーたちが「イエーイ!」と声をかけてくれたり、片手リフトのときに僕たちが引き立つようにしゃがんでくれたりすると、力が湧いてくるんです。真ん中を踊ることには大きなプレッシャーが伴いますが、周りに助けられて、「これが主役を踊るということなのか」と感じました。

客席も盛り上がってまさに新たなスターの誕生という感じでしたが、その後コロナ禍で公演が相次いで中止され、また速水さんご自身も怪我という大きな試練に見舞われました。

怪我をしたのは2021年10月、カンパニー初演となるピーター・ライト版『白鳥の湖』の開幕前日のゲネプロの時でした。僕はベンノ役で出ていたのですが、第1幕のパ・ド・トロワのヴァリエーションの3つ目のトゥール・ジュテで膝をねじってしまったのです。けれどもこの日はバレエ団のパトロンや企業関係の方などを客席に入れ、またすでに決まっていたテレビ収録の予備日としてカメラも入っていたのですぐに踊りを止めるわけに行かず、結局コーダまで踊りきってから降板しました。
今思うと、初めてのプロダクションなのに加えてジークフリート王子、ベンノ、スペインの踊り、ワルツにもキャスティングされていて、リハーサルをはしごする状況が続いていました。自分のケアが追いついていなくて、調子の悪さを庇って怪我につながってしまったのだと思います。開幕翌週の週末には王子役デビューの予定になっていましたが、体重もかけられない状態で、とても無理でした。周りにも迷惑をかけて申し訳なかったです。

リハビリを経て、今年4月に復帰を果たされました。

精神的にもつらかったですが、そのおかげで自分の身体にきちんと向き合うことができました。強くするしかない、と。じつは僕はそれまでピラティスやボディ・コンディショニング等はやったことがなかったんです。「バレエが上手くなりたいなら、バレエをするのが手っ取り早い」という意識で。ただ、初めてピラティスをやってみると、なるほどバレエで行っていた動作はそういうことだったのかと改めて納得のいくことも多く、意識を深めることができました。
年頭にはもう舞台に戻れる状態だったのですが、コロナでの公演中止などもあり、実際の復帰には4月まで待たされました。「本番でもし膝が…」など不安はありましたが、『シンデレラ』の王子の友人を落ち着いて踊れました。戻って来られてうれしかったです!

ところで、バレエを始められたのは4歳のときでしたね。男子としては早いのではと思いますが、どんなきっかけだったのですか?

母が昔自分でもバレエを習いたかったそうで、僕たちは上から順に兄がジャズダンス、僕がバレエ、妹二人もバレエを習いました。ただ、始めのうちはスタジオに女子ばかりで恥ずかしかったし、あまり乗り気ではありませんでした。剣道やサッカー、バスケットボール、水泳などいろいろやらせてもらっていたし、放課後友だちと遊ぶ方が楽しかった。

転機になったのは、小学校高学年の頃のあるコンクールでした。予選はバー・レッスンで8割ほどは次に進むのですが、僕は落ちてしまったのです。本当に悔しくて、絶対にもっとうまくなってやると決心しました。次に出場したコンクールでは男子もたくさんいて友だちもでき、そこからだんだんとバレエが好きになっていきました。

そして15歳のときユース・アメリカ・グランプリ(YAGP)に出場、スカラシップを得てジョン・クランコ・スクールに留学なさいます。複数のオファーの中から、ここを選んだ理由は?

「将来どんなダンサーになりたいか?」と自問したとき、すぐ思い浮かんだのがフリーデマン・フォーゲルだったのです。そしてこの学校はとても厳格で、生徒たちの脚のラインがみんなきれいだというイメージがありました。僕もこうなりたい、と思ったのです。
実際に入学してみると、想像以上にハードでした。たとえば一年目に教わったディミトリ・マギトフ先生は、伝説的な名教師だった故ピョートル・ペーストフ先生のスタイルを継承していて、レッスン中はエクササイズとエクササイズの間もずっと一番か五番で立っていなくてはいけなかったんです!
でもそのおかげで成長できましたし、この3年間に僕は自分の踊りについて深く考えました。自分には外国人のような脚はないし、テクニックもない。だからこそ観せ方やつなぎが大切だと気づいて、少しずつそれができるようになってきたと感じていました。

3年間シュツットガルトで学び、2015年にはまずローザンヌ国際バレエコンクール、続いて二度目のYAGPに挑まれました。

僕はもともとあまり本番前に緊張しないタイプなのですが、ローザンヌのファイナルではリラックスしすぎて不本意な踊りに終わってしまいました。「舞台には魔物が棲んでいる」と言われるくらいですから、やはりそこに立つことにきちんとリスペクトを持って、気を抜いてはいけない。そしてテクニック面では、プリエの大切さを改めて実感しました。良い経験になりましたし、YAGPにはその気持ちを持って臨めました。

そして見事シニア男子金賞を受賞。それを期にヒューストン・バレエに入団しました。

留学もヨーロッパだったし就職もヨーロッパで、という気持ちもあったのですが、これもご縁かなと、勇気を振り絞って(笑)新しい環境を選びました。
ヒューストンはアメリカでも5本の指に入る大きなカンパニーですが、行ってみて驚いたのは、設備の素晴らしさでした。バレエ団の建物は大きく建て替えられたばかりで、ジムやフィジカル・セラビーも全部整っていました。怪我の履歴などもデータベース化されていて、ダンサーは最新のテクノロジーでアスリートのようにケアされていると感じました。美しいオペラハウスや周りの街並みそのものが歴史を感じさせ、でもじつは中に入るとロッカー・ルームが狭くて不便といった学校時代の環境と比べて、かなりのカルチャー・ショックでした。

ヨーロッパ、アメリカと経験してから日本に戻ってこられて、独特だなと思うことは?

日本のバレエ団にいると、ゲストとして外で仕事をすることが多いですね。初めて組む相手の、それも時には生徒さんと踊ったりするのであれば、コミュニケーションも大事になってきますし、挑戦する部分もある。それが自分の成長を早めてくれるし、そうして得たものは、バレエ団でも活かせると思います。プロのダンサーだからプロの舞台にしか立たないという考え方ももちろんありますが、僕はいろんなところで経験を増やしたいと思っています。

来シーズンの新国立劇場バレエ団は『ジゼル』で開幕、速水さんもアルブレヒトを踊る予定ですね。大役にどんな気持ちで臨まれますか?

大好きで踊りたい作品だったので、とても楽しみです。できれば自分がジゼル役を踊りたいと思うほど、まさにこれはタイトルロールが重要なバレエですよね。アルブレヒトは黒子というわけではありませんが、あくまでもジゼルあっての役であり、表に出すぎてはいけないというのが僕の考えです。よく取り沙汰される「ジゼルを本気で愛していたのか、それとも遊びだったのか」という点も、お客様一人ひとりの解釈に委ねたいと思っています。


(取材・文:長野由紀)

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2015年のYAGPでの速水渉悟 © Emma Kauldhar

The Sleeping Beauty_The Blue Bird2

『眠れる森の美女』より青い鳥
© Takashi Shikama

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『ライモンダ』よりアブデラクマン 
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『ドン・キホーテ』 © Takashi Shikama

Le Corsaire

『海賊』 © Takashi Shikama